南沙織  
▼ページ最下部
001   2010/05/20(木) 05:27:44 ID:wFRS0VlQnQ   
 
 
339   2020/11/27(金) 12:09:21 ID:tWWlZkmHtM    
 
340   2020/12/05(土) 15:39:27 ID:MA4bApCLW2    
俺の中ではリンリンとランランと同じ位置付けだった
 返信する
 
 
341   2020/12/29(火) 12:55:59 ID:/F7BAIYId.    

>>シンシアがデビューした頃、岩下志麻に似た美人と書いた週刊誌があった。こうして見ると確かに少し似ている。
 返信する
 
 
342   2021/02/26(金) 16:43:17 ID:wMKR6wyVzI    
 
343   2021/04/11(日) 11:27:06 ID:guVkKRBQ8Y    

いまだに私にとって彼女は理想の美少女
 返信する
 
 
344   2021/06/25(金) 10:22:34 ID:QucKQqCAo6    
 
345   2021/10/14(木) 06:46:06 ID:4vzWZgKHn2    
 
346   2022/01/27(木) 21:13:29 ID:50.xIQCxTM    
 
347   2022/06/06(月) 07:48:51 ID:UKW7QaC27c    
週刊現代の特集で70年代女性アイドル総合評価第一位。
 返信する
 
 
348   2023/01/24(火) 12:01:29 ID:V544cCqTAU    

85年10月1日発売の「アイドル40年」(近代映画社)からのカットです。 
 1970年、まだアメリカだった沖縄で、本名の内間明美として、 
 地元のテレビ番組のレギュラーアシスタントをしていましたが、声が良かったので、 
 その番組で歌う事もありました。
 返信する
 
 
349   2023/02/01(水) 09:32:47 ID:XgWwZ1fqL6    

89年9月20日発行の、近代映画のムック本「女神の肖像」の水着カットです。 
 同じ雑誌社なので、素材が少なかったのか、同じカットが使われています。   
 日本コロムビアの洋楽レーベルであるCBSコロムビアにいた酒井プロデュサーは、 
 日本コロムビアから独立したCBSソニー(当時、出来たばかりの会社でした)の 
 プロデュサーに移籍し、60年代後半、欧米でアイドルと言われていた 
 ツイッギーのような歌手を、日本でも作りたいと思い、筒美京平に相談します。 
 そして、目をつけたのが、沖縄でアシスタントをしていた内間明美でした。
 返信する
 
 
350   2023/02/08(水) 12:48:55 ID:StFh9nnCtE    

アイドル黄金時代大名鑑(2002年3月25日発売)から、南沙織に対する評価記事です。 
 このムック本は80年代アイドル中心なので、70年代アイドルは文章が短いです。  
 「いっぽう」の前は、天地真理の事を言っています。 
 国民的アイドルで、メディア人気やグッズの多彩さで売った天地真理が、 
 ピンクレディーの元祖だとすれば、「等身大」と「ちょっと背伸びする青春」を歌った南沙織は、 
 松田聖子の元祖とも言えるでしょう。
 返信する
 
 
351   2023/02/18(土) 13:39:49 ID:Xu/EG/u0Yg    

月刊平凡の73年3月号から、口絵です。 
 沖縄のテレビ番組に、ヒデとロザンナがゲスト出演した際、レギュラーアシスタントをしていた 
 内間明美の写真が、酒井プロデュサーの目に留まり、日本のアイドル歌手第一号を作るために、 
 スカウトします。彼女を筒美京平に紹介すると、歌える歌は、リン・アンダーソンの 
 「ローズ・ガーデン」だけと言われ、その歌声を聞いた筒美が、「17才」を作曲します。   
 なお、南沙織という芸名は、「17才」の作詞家・有馬三恵子が付け、 
 デビュー曲「17才」のタイトルは、酒井プロデュサーが付けました。
 返信する
 
 
352   2023/02/26(日) 14:58:36 ID:FksNfVHZaw    

月刊平凡の73年3月号から、まりあの1日お付きのコーナーの1ページ目です。 
 まりあは、当時人気だったイラストレーターです。 
 月刊平凡で、このコーナーを毎号持つだけではなく、月刊明星や、 
 付録のヤング・ソングでも、イラストレーターと文章を書いていた記憶があります。
 返信する
 
 
353   2023/03/09(木) 01:59:43 ID:iyQPaPQsZo    

月刊平凡の73年3月号から、まりあの1日お付きのコーナーの2ページ目です。 
 スカウトされた時は、まだアメリカ領だった沖縄で、アメリカ式の教育を受けていた 
 内間明美のクリスチャン・ネームは、シンシア。 
 シンシアは、そのまま、アイドルとしてのニックネームとして定着しました。 
 両親とも日本人で、生粋の日本人なのに、アメリカ式の教育で育ったシンシアは、 
 日本語が苦手なので、台本の漢字を平仮名に直してもらっていたのでしょう。   
 東京に来て、アメリカン・スクールに通って日本語を勉強しますが、 
 仕事が忙しすぎて、なかなかアメリカン・スクールに通う時間がなかったそうです。
 返信する
 
 
354   2023/03/20(月) 07:25:00 ID:wZKOGD7UWs    

月刊平凡の73年3月号から、まりあの1日お付きのコーナーの3ページ目です。 
 シンシアがデビューした翌年の72年、沖縄が日本に返還されました。 
 その喜びをマスコミから聞かれたシンシアは、困ったそうです。   
 沖縄では、現地の日本人と一緒ではなく、母が再婚したアメリカ人の義父と一緒に、 
 アメリカ式の教育・生活をしていたので、特別の感慨は無く、 
 むしろ、米軍基地のアメリカ人向けの仕事をしていた義父が困らないか、 
 心配になったそうです。
 返信する
 
 
355   2023/03/31(金) 10:41:25 ID:Oo9t.2bEGc    

月刊平凡の73年3月号から、平凡アワーの旅の1ページ目です。 
 白黒なので、色付けしてみました。 
 同期(71年)デビューの野口五郎と一緒に写っています。   
 当時(71年)の歌番組は、NHKだけではなく民放の歌番組でも、出演するためには、 
 各民放が主催するオーディションに受からないと、出演出来ませんでした。 
 でも、小柳ルミ子や南沙織は、大手芸能プロ所属で、オーディションを受けなくでも、 
 フリーパスで、民放の歌番組に出演していた事を、後に野口五郎がグチっていました。 
 72年以降、アイドル歌手の数が飛躍的に増え、民放はオーディション制度を廃止します。   
 それでもNHKだけは、オーディション制度を残していたので、浅田美代子は、 
 NHKの歌番組には出られませんでした。
 返信する
 
 
356   2023/04/09(日) 23:17:28 ID:dar0oeP8Lo    

月刊平凡の73年3月号から、平凡アワーの旅の2ページ目です。 
 白黒なので、色付けしてみました。 
 下の3人の内、山口いづみは渡辺プロ所属です。渡辺プロとしては天地真理、小柳ルミ子と 
 一緒に新三人娘を作りたかったと思いますが、南沙織の人気が先行していたので、 
 新三人娘は、天地真理、小柳ルミ子、南沙織になりました。   
 小林麻美は、モデル出身で、70年(16歳)の時のCMでブレイクし、 
 72年(18歳)で歌手デビューしているので、麻丘めぐみと似た経歴です。 
 でもアイドル歌手としては、スマッシュヒット止まりで、引退宣言や復帰宣言をしています。 
 モデル・CMタレントとしては一流でしたが、歌手としての代表曲がなかった小林麻美。 
 まさか、84年になって「雨音はショパンの調べ」が大ヒットするとは、思いませんでした。 
 なおこの曲でテレビ出演していないのは、事務所の意向で、本人は出演したかったそうです。
 返信する
 
 
357   2023/04/14(金) 19:18:45 ID:kJ/xJWQ7UM    
このスレで、嬉々として貼り付け画像の引用元を記載してるアホって… 
 『著作権侵害』してる自覚が有るの? 
 最低限でも、著作権侵害してる可能性が有るなら、引用元の詳細な記述はしないし、違法的な著作権侵害を回避する為に、言い訳程度に『二次著作』の工作をするんだけどね… 
 まぁ…アホな奴だから、そんな法律も知らんんだろうな… 
 当該スレッドは、所轄行政機関に報告させて頂きましたので、所轄行政機関からの裁定を御待ち下さい 
 『著作権侵害』をすると、刑事罰と民事訴訟での損害賠償請求が来ますので、覚悟して行政執行機関の寝込みを襲う、早朝のガサ入れに脅えて下さいね 
 明日の早朝(目覚める頃に)、警察が裁判所からの捜査令状(所謂、ガサ状)を携えて、貴方の家の扉をノックするかも知れませんね…
 返信する
 
 
358   2023/04/16(日) 22:56:34 ID:y7L1Gx2atU    

月刊明星の73年2月号の、1ページ目です。 
 文章の中に、「引退」という言葉が入っているのは、72年夏、4thシングル「純潔」が 
 大ヒットしていた頃、テレビで引退宣言をした事を指しています。 
 引退宣言をした理由は、学業との両立を約束して入った事務所なのに、 
 実際には、学校へ通うスケジュールを与えてもらえないほど、忙しかったからです。   
 後にアメリカン・スクールを卒業すると、上智大学へ通うほど、 
 シンシアにとって学業は大事だったのでしょう。日本語が苦手なので、 
 アメリカン・スクールで日本語を上達させたいとの思いもあったと思います。 
 ちなみに、この当時は、堀越でも芸能コースが無かったそうなので、 
 仮に堀越へ転向出来ても、芸能人特権は無かった時代です。
 返信する
 
 
359   2023/04/24(月) 21:44:09 ID:sbd6kJJO/w    

月刊明星の73年2月号の、2ページ目です。 
 72年夏の引退宣言を撤回したのは、母親が説得したからです。 
 「あなたは、今年本土返還される沖縄のイメージを代表しているのだから、 
  引退宣言をすれば、沖縄の人たちみんなに迷惑がかかるのよ。」と。 
 引退宣言を重く受け止めた事務所は、今度こそちゃんと学業と両立出来るスケジュールと組む。 
 と約束し、仕事復帰後のシンシアは学校へ行ける事になりました。   
 71年にデビューした当時の南沙織を撮った篠山紀信は、「まるで来年返還される沖縄に 
 良いイメージを付けるための国策歌手みたいに新鮮に見えた。」と言っています。 
 その頃は、後に結婚するとは、お互いに思ってもいなかった事でしょう。
 返信する
 
 
360   2023/05/01(月) 22:33:53 ID:AQrBOKTNkI    

月刊明星の73年2月号から、顔の半分を隠した、本人当てクイズです。 
 当時の月刊明星には、こんなクイズが、いろいろ載っていました。 
 ちなみに「色っぽいという事は、エエことクイズ」と言う題名が付いています。
 返信する
 
 
361   2023/05/08(月) 23:04:52 ID:Ig0lZfxyck    

月刊明星の73年3月号から、お気に入りコートのコーナーです。 
 シンシアの他に、小林麻美・天地真理・麻丘めぐみが載っています。
 返信する
 
 
362   2023/05/09(火) 23:24:33 ID:Vlev3z3V6Y    
このスレで、嬉々として貼り付け画像の引用元を記載してるアホって… 
 『著作権侵害』してる自覚が有るの?   
 最低限でも、著作権侵害してる可能性が有るなら、引用元の詳細な記述はしないし、違法的な著作権侵害を回避する為に、言い訳程度に『二次著作』の工作をするんだけどね… 
 まぁ…アホな奴だから、そんな法律も知らんんだろうな…   
 当該スレッドは、所轄行政機関に報告させて頂きましたので、所轄行政機関からの裁定を御待ち下さい 
 『著作権侵害』をすると、刑事罰と民事訴訟での損害賠償請求が来ますので、覚悟して行政執行機関の寝込みを襲う、早朝のガサ入れに脅えて下さいね 
 明日の早朝(目覚める頃に)、警察が裁判所からの捜査令状(所謂、ガサ状)を携えて、貴方の家の扉をノックするかも知れませんね…
 返信する
 
 
363   2023/05/16(火) 01:23:38 ID:HPGMuTPoNg    

月刊明星の73年3月号から、月刊明星恒例のガラクタ市のコーナーです。 
 シンシアは、自分より顔が大きい犬のぬいぐるみを、プレゼントしています。
 返信する
 
 
364   2023/08/02(水) 15:44:48 ID:v1Jd3ydTo.    

月刊明星の73年3月号からの記事です。 
 父が東京に転勤になる前に、妹のロージィが上京し、同居しています。 
 ロージィは、シンシアの身の周りを手伝うために上京させたのですが、 
 シンシア曰く「手伝うなんてとんでもない。かえって洗濯物が増えて忙しくなった」 
 と、不満そう。しかもシンシアは仕事が忙しくで、アメリカンスクールを落第したので、 
 妹のロージィと同学年になってしまったそうです。
 返信する
 
 
365   2023/08/02(水) 15:50:17 ID:v1Jd3ydTo.    

月刊平凡には、自筆スターの日記が、3ページに渡って載っています。 
 日記なんて書いた事がないシンシアが、挑戦していますが、 
 日本語がカタコトしか書けないので、英語で書いています。
 返信する
 
 
366   2023/09/07(木) 22:34:53 ID:UTg75AGT6.    

↑365の訂正:月刊平凡には→月刊平凡の73年4月号には   
 月刊平凡の73年4月号の、自筆スターの日記の2ページ目です。 
 平凡編集部が、日本語訳を付けています。 
 フジテレビで「ミッドナイトリサイタル」の録画をしたけど、放映はTBSと書いてあります。 
 70年代は、TBSとNTVの2強時代だったので、まだ弱小だったフジテレビが、 
 下請けをしていたのでしょうか。   
 「シャボン玉ボンボン」。懐かしい番組タイトルだけど、内容思い出せず。 
 調べてみたら、15回しか放送されなかったとの事です。 
 番組タイトルだけインパクトがあったので、覚えていたんだと思います。
 返信する
 
 
367   2023/09/07(木) 23:00:58 ID:UTg75AGT6.    

月刊平凡の73年4月号の、自筆スターの日記の3ページ目です。 
 野路由紀子とは、同期デビューで、仲が良かったのでしょう。 
 シンシアが、引退宣言をした72年。引退を撤回して入ったのがバーニング・プロダクション。 
 そのバーニングの、最初の女性タレントが野路由紀子でした。   
 「真理ちゃんとデイト」には、2回ゲスト出演していますが、 
 2回とも、CSの再放送では、放送されていません。 
 権利関係の問題なのかな?と思います。
 返信する
 
 
368   2023/09/08(金) 18:48:28 ID:p/y.fZ8jyM    
 
369   2023/12/24(日) 01:43:48 ID:DFWwPgKbgM    

月刊明星の73年1月号の、1ページ目です。 
 50ccのバイクに乗って、50キロでブッ飛ばすシンシア。 
 昔は、50ccのバイクでも制限速度が30キロより上だったのかな? 
 と思って調べたら、昭和20年代後半には、既に制限速度30キロになっていました。 
 昔の雑誌は、10代でアルコールを飲んでいる事を、堂々と書いているので、 
 法律違反をしている事を書いてもいい、大らかな時代だったのでしょう。
 返信する
 
 
370   2023/12/24(日) 01:49:03 ID:DFWwPgKbgM    

月刊明星の73年1月号の、2ページ目です。 
 「運動神経は悪くないんだ。と言いたいのでしょう。」 
 新・三人娘では、運動神経の良さは、 
  ルミ子>シンシア>真理 
 の順のイメージがあります。
 返信する
 
 
371   2024/03/10(日) 11:31:59 ID:b2joz.Uskw    
 
372   2024/03/22(金) 19:27:51 ID:zDM..ota5o    
 
373   2024/04/13(土) 18:35:26 ID:EKkC/cVV3c    
 
374   2024/05/08(水) 05:49:41 ID:G190LVlYcM    
 
375   2024/06/01(土) 17:41:12 ID:0M8ijrkdqQ    
 
376   2024/06/08(土) 11:27:41 ID:2c2.E.kHjQ    

85年5月15日発行の、近映文庫・アイドル水着100人Prat3から、 
 南沙織の1ページ目です。フォト・1973と書いてあります。
 返信する
 
 
377   2024/06/08(土) 11:29:59 ID:2c2.E.kHjQ    

近映文庫・アイドル水着100人Prat3から、南沙織の2~3ページ目です。
 返信する
 
 
378   2024/07/02(火) 17:52:22 ID:CZpGagt8NA    
 
379   2024/07/27(土) 06:49:16 ID:bqPnvlcUCI    
 
380   2024/08/25(日) 14:52:19 ID:tQtMEychQY    
 
381   2024/09/20(金) 18:30:03 ID:6OOsvp566s    
 
382   2024/11/24(日) 00:59:40 ID:g7dtRHPZ8E    

近映文庫・アイドル水着100人Prat3から、南沙織の4ページ目です。
 返信する
 
 
383   2024/11/24(日) 01:12:10 ID:g7dtRHPZ8E    

月刊平凡の73年2月号から、新・三人娘の武道館コンサートの見開き2ページです。 
 この頃が、新・三人娘の全盛期でしょう。 
 これは72年末ですが、沖縄返還も72年に行われ、 
 シンシアの故郷である事から、新・三人娘のコンサートが、 
 沖縄返還のイベントの一環として行われました。
 返信する
 
 
384   2025/05/13(火) 18:54:49 ID:5auMqSmfa.    

月刊平凡の73年4月号の、アグネス・チャンと一緒のカットの1ページ目です。 
 アグネス・チャンと電車通学しているカットです。
 返信する
 
 
385   2025/05/13(火) 19:06:37 ID:5auMqSmfa.    

月刊平凡の73年4月号の、アグネス・チャンと一緒のカットの2ページ目です。 
 沖縄で英語教育を受けてきたシンシアも、香港で英語と中国語を話していたアグネスも、 
 日本語は苦手なので、東京に来てからはアメリカン・スクールに通い始めました。 
 日本での歌手デビューが1年半早いシンシアが、最初はひとりでアメリカン・スクールに 
 通っていましたが、その後、アグネスも通うようになり、普段は英語で話す二人は意気投合。 
 二人で待ち合わせ、一緒に登校するようになりました。
 返信する
 
 
386   2025/10/26(日) 19:02:35 ID:wOQD54CbZE    

月刊明星の73年4月号には、アグネス・チャンとの対談が3ページ載っています。 
 その1ページ目です。
 返信する
 
 
387   2025/10/26(日) 20:20:06 ID:wOQD54CbZE    

月刊明星の73年4月号の、アグネス・チャンとの対談の2ページ目です。 
 アメリカンスクールでは、休日(祭日の事だと思う)があると、時間割で休日の分を次の日に 
 延ばすシステムとの事。2~3時間しか授業がないので、休日の分が無くなると、 
 その授業分を、後で圧縮するのが大変だからでしょう。 
 授業が少なく、自由時間が多いのは、学生の得意分野を伸ばそうとするアメリカ式の 
 教育方針なのでしょう。その自由時間で、二人が話す機会が増えました。
 返信する
 
 
 
▲ページ最上部
ログサイズ:124 KB
有効レス数:387 
削除レス数:0 
レス投稿