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桜田淳子さん


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001 2017/05/13(土) 23:23:41 ID:QxZDfKXpbM
帽子と白いハイソックスがトレードマーク

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460 2025/10/18(土) 10:34:32 ID:MjwWL63tu.
写真集「近代映画ハロー」の、12ページ目の上です。
新幹線?の中で、雑誌を見る振りをしている淳子です。
極度の近眼なので、メガネをかけないと、実際には見えません。

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461 2025/10/18(土) 10:38:24 ID:MjwWL63tu.
写真集「近代映画ハロー」の、12ページ目の下です。
455の横顔ではなく、斜め横から撮った笑顔でも、
目鼻立ちが整っていて、綺麗になった事が分ります。

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462 2025/11/01(土) 22:54:54 ID:1/mcB.5/wQ
月刊明星の74年2月号の、折り込み付録の裏です。
新人賞受賞者5人の直筆メッセージとサインが載っています。
淳子は右下です。イラストの得意な淳子は、自画像?のイラストも描いています。

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463 2025/11/01(土) 23:02:57 ID:1/mcB.5/wQ
月刊明星の74年3月号から、レコード大賞最優秀新人賞を受賞した時のニュース記事です。
前年度の最優秀新人賞受賞者の麻丘めぐみが、感激している淳子の涙を拭いています。
涙を流しながらも、泣き崩れずに「わたしの青い鳥」を歌いきった健気な15歳の淳子に、
司会の高橋圭三・森光子も、関心していました。森光子は、「歌えなくなった時のために、
全員の歌詞を覚えてきたのに、必要なかった。」と言っていました。

激戦が予想されていたのに得票数を見たら、淳子の圧勝でした。
アグネス・チャンが、予想外に得票数が低いのは、日本作曲家協会が主催しているので、
外国人には入れたくないという気持ちが働いたのかな?と、後に思いました。
(西城秀樹「ヤングマン」や、岩崎宏美「聖母たちのララバイ」は、作曲が外国人なので、
 レコード大賞の対象外になりました。)

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464 2025/11/15(土) 09:24:16 ID:GIYXpvEdxc
写真集「近代映画ハロー」の、13ページ目です。
身体が細いので、モコモコの防寒服を着て、腕組みをしても、
ファッショナブルに見えます。

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465 2025/11/15(土) 09:29:28 ID:GIYXpvEdxc
写真集「近代映画ハロー」の、14ページ目です。
横から撮ると、細い身体がいっそう細く見えます。
淳子の身長は161cmだけど、全身カットでは、身体が細いので、
もっと身長が高く見えます。

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466 2025/11/29(土) 23:56:30 ID:cbnO4see7o
月刊明星の74年2月号から、ドラマ「てんつくてん」の台本を大切に持っている姿です。
歌手役での映画出演を除けば、初めてドラマ・映画に出演したのが「てんつくてん」でした。
デビュー前、中学校の演劇部を再建し、張り切っていた淳子にとっては、
念願のドラマ出演だった事でしょう。森昌子とともに出演したこのドラマは、
淳子がファンだったという森田健作主演の「おこれ!男だ」の後番組として、放送されました。

この後が「われら青春」なので、青春シリーズに挟まれた格好になります。
(NTVの青春シリーズは全部見ていたので、その流れでこのドラマも見ていました。)
再放送されないのは、ビデオ収録で、素材が残っていないからでしょう。
なお百恵ちゃんは、同時期に大映ドラマ(TBS)の「顔で笑って」に出演しています。
こちらはフィルム収録なので、再放送されました。
(ここに書いた4本のドラマは、すべて2クールです。当時は2クールが当たり前でした。)

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467 2025/11/30(日) 00:07:22 ID:.4fykNr6tw
月刊平凡の74年3月号から、初めて書いたという直筆のラブレターです。
グループ交際しかしていなかった淳子ですが、詩をたくさん書いているからか、
なかなか上手く書けています。
どんな仕事でも手を抜かない淳子の真面目な性格が表れている、
仕事としてのラブレターです。
(右の頬が膨らんでいるのは、元雑誌のままです。)

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468 2025/12/13(土) 16:06:28 ID:bnsN8jbZeQ
写真集「近代映画ハロー」の、15ページ目の上です。
初リサイタル「16才のリサイタル」の準備段階の写真と思われます。

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469 2025/12/13(土) 16:09:31 ID:bnsN8jbZeQ
写真集「近代映画ハロー」の、15ページ目の右下です。
これも初リサイタル「16才のリサイタル」の準備段階の写真でしょう。
右にいるのは、長井マネかな?

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470 2025/12/13(土) 19:14:26 ID:ZdmXsdX53w
どんなに過去のキレイな芸能記事を並べても
「桜田淳子のイメージ」といえばコレ
現在もなお「悪しき統一教会の広告塔」で
あり続ける罪は大きい

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471 2025/12/27(土) 21:56:04 ID:1UIqDKYibs
月刊平凡の74年3月号から、マネージャー紹介コーナーです。
各アイドルのマネージャー紹介が、表記式になっていて、淳子の部分だけ切り取っていた物です。
淳子の父が、淳子が芸能界入りするための条件の一つとして挙げた、
「女の子なので、20歳までは間違いのないように。」を守るため、
事務所の社長が付けた、現場マネージャー兼ガードウーマンです。

警備保障会社で、ガードウーマンをやっていたという経歴をもっている長井マネにとっては、
ピッタリの仕事でした。淳子が、90年にサン・ミュージックを離れて独立するまで、
淳子をガードしていた、頼もしい存在であり、
長年一緒だった気心の知れたお姉さん的存在でした。

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472 2025/12/27(土) 22:17:12 ID:1UIqDKYibs
月刊平凡の74年3月号から、三波伸介との対談の1ページ目です。
ドラマ「てんつくてん」で、親子役で共演している縁からの対談です。
三波「実をいうとネ。はじめは淳子と百恵チャンの区別がつかなかったんだよ。」
桜田「みんなはじめはそうみたい。」

髪型や顔の輪郭、身長がほほ同じで、二人とも中学三年生のクラスメート。
まだ中学生のアイドル歌手は少なかったので、同じセーラー服を着ていると、
番組スタッフやキャストは、見分けがつかないのでしょう。
高校生になり、二人のキャラの違いがお茶の間に浸透して来る頃には、
間違えられる事は無くなったでしょう。

淳子のあんまが上手だと言う三波伸介は、イラストが上手い事も知っていて、
75年の夜ヒットに淳子が出演した時は、当時司会をしていた三波伸介が、
ブラウン管にイラストを書く機械のテストに、淳子を指名していました。
「いつまでも娘のような気になる」と夜ヒットで言っていた三波伸介。
ドラマ撮影の合間に、仲良く色々な話をしていた事が分かる対談です。

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473 2025/12/30(火) 17:48:15 ID:pxql2HYGcY
お前の日記帳なの?
私物化するなよ老害

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474 2026/01/02(金) 16:36:39 ID:u3honNmbLA
楽しく読んでる読者だっているんだからいいじゃん!
煩い事言うなよ

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475 2026/01/07(水) 16:04:44 ID:8o/G8flyXw
~~~~~~

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476 2026/01/11(日) 00:17:20 ID:sLnAwfvX2Y
写真集「近代映画ハロー」の、15ページ目の左下です。
初リサイタル「16才のリサイタル」の衣装を着て、楽屋から出て来る淳子です。

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477 2026/01/11(日) 00:23:03 ID:sLnAwfvX2Y
写真集「近代映画ハロー」の、16ページ目の右です。
初リサイタル「16才のリサイタル」の冒頭で、最初の曲「花占い」を歌っている淳子です。

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